動学的最適化を独学するための無料の教材
動学的最適化はネットで落ちている資料だけもある程度独学が可能である.今回はそれらの資料について簡単な感想を記しておきたい.
工藤教孝(2007)『動学的最適化入門』
マクロやサーチ理論を専門とする工藤先生の文献で全体を通して平易な言葉で解説している。しかし一方で、扱っている内容はかなり広い印象。前半の離散時間では基本的な最適成長モデルを用いてラグランジュアンと動的計画法での解法を紹介。動的計画法がどの条件の下で使用できるのかやiterationの概念も分かりやすく記述している。後半の連続時間では最適制御理論での解法を紹介。特筆すべき点としてPresent Value HamiltonianとCurrent Value Hamiltonian の関係とメリットについて記述がある。また『サーチ理論入門』の補論として書かれた経緯もあってか、不確実性のある場合や連続型の動的計画法も簡潔ながらカバーしている。
原千秋・梶井厚志 京都大学経済研究所(2008)『経済学のための数学』第4、5章
第4章は無限時間の最適化問題をオイラー方程式とベルマン方程式での解法を対比させながら解説。解法自体についての解説はあっさりしている印象で、どちらかと言えば、解の必要条件や十分条件について丁寧な記述や証明があるのが特徴的。非常に丁寧な式展開が為されており式を追うのは大変だが分かりやすい(Stokey-Lucasの第4章を読むときに役立つかもしれない)。第5章は差分方程式と動学系の安定性と題して、動学的最適化で得られたpolicy functionの分析についての説明がなされている(Stokey-Lucasの第6章に対応しているようだ)。差分方程式の安定性についての議論は他の文献には見当たらなかったので貴重であるが、線形代数学の知識がないと読むのが若干難しいかもしれない。私は理解できていないが、『不決定性』と関連のある安定多様体や局所安定性についての記述もある。文献の価値を落とすほどのことではないが、解説の途中に沢山の練習問題があるものの解答がないのが少し残念に感じた。注意して欲しいのは、『経済学のための数学』は2017年に最新版が出ているのだが、それには動学的最適化についてのセクションが存在しない。
阿部修人(2013)『上級マクロ経済学講義ノート: 動的計画法』
有限時間の動的計画法から解説が始まることで、どうして無限時間では最適化が難しくなるのかについて解説してくれる本文献。またBellman 方程式を満たす価値関数は存在するのか、存在するならそれは一意か複数存在するか、解は価値関数と一致するかといった疑問やどうしてBellman方程式が無限時間の最適化で強力な手法になりえるのかについても丁寧に解説しており、一番勉強になった文献である。またPolicy Function IterationやValue Function Iterationの解析的な説明やMatlabを用いた数値計算法も説明がなされており内容の充実度も高い。
上東貴志(2002)『横断性条件の必要性と十分性』
横断性条件についての多数の論文で知られる上東先生の日本語での解説稿。この文献はそれら幾つかの論文を纏めたもので、親切な解説も追加されているのでより分かりやすい。題名通り、横断性条件の必要性と十分性、特に必要性(最適解ならば横断性条件を満足する)について厳密な議論がされている。上東先生曰く、不確実性のない場合の必要な知識はこの文献と上東(2011)『マクロ経済学における動的最適化』経済セミナー2011年10,11月号を読めば得られるらしい(が明らかに当該経セミの記事よりも格段に難しいと感じた)。ちなみにこの文献は西村・福田(編)『非線形動学均衡:不決定性と複雑性』(東京大学出版会)に収録されている。
おわりに
今回資料を集めて気が付いたが、意外にも日本語の動学的最適化についての資料は多いらしい。本稿で紹介してない以外にも須賀(2014)や佐藤(2015)などもある。須賀(2014)は微分方程式を解き一般解と積分定数までを解説し、佐藤(2015)はGateaux微分とFrechet微分の解説がついている。英語が苦手でも、数学に自信がなくても入門から上級まで無料で学べる環境があるのは素直に喜ばしいことだと思う。動学的最適化に苦労する人は少なくないと思う。本稿がそうした迷える方々の一助になればこれ以上の喜びはない。